「小さな町の改革〜地方創生のカギ〜」7

全国に先駆けて「バランスシート」を導入

 1999年、関口定男さん(70)が玉川村長に就任した時、村の一般会計当初予算の規模は23億円ほどだった。「典型的な3割自治の村。大きな特徴があるわけではなかった。毎年歳入は決まっているから、いかに上手に使うかがカギだった」と振り返る。大きな歳入が期待できない村で、いかに実のある政策を打っていけるか。ローコストマネジメントを掲げる関口さんの手腕が問われた。

 はじめに手をつけたのは、村役場の職員たちの財政に対する意識の醸成だった。自治体では歳入・歳出の決算書しかないのが一般的だった当時、全国に先駆けてバランスシート(貸借対照表)の導入を検討。さらに、収入役に元銀行員を配置した。バランスシートの作成は外部の公認会計士に依頼したが、最初は「自治体で行うのは難しいのでは」と言われた。自治体は民間企業と異なり、道路や公民館など「売れないもの」を多く抱える。資産を一つ計上するのでも判断が難しい項目がたくさんある。「これを仕上げてもらえれば、全国の先駆けとなる。新聞に取り上げられたら、会計事務所の名前を必ず出しますから」。関口さんはそう言って、公認会計士を口説き落とした。

 その後、自治体オリジナルのバランスシートが完成。村の資産を整理することができた。全国の市町村の職員が、玉川村まで研修を受けに来ることもあった。「民間企業の経営の感覚からすると、トップが資産や負債を知っておくことは当たり前。職員のコスト意識もかなり改善された」という。ときがわ町になった今でも、その意識が受け継がれている。

学校の耐震化と内装木質化「ときがわ方式」

 しかし、関口さんは決してコストカットばかりを考えていたわけではない。特に力を入れて取り組みたいと思っていたのは、子どもたちの教育環境の改善だった。「子どもたちの教育政策は、ソフト面は教育委員会が行う。しかし、私はハード面なら応援ができる」。そこで取り組んだのは、小中学校の校舎の木質化だった。

 長年、製材業、建設業を営んできたこともあり、木が持つ生活環境への効果を熟知していた。NHKの番組で紹介された興味深い実験データがある。全面ビニールシート貼り、全面板貼り、ビニールシートと板が半分ずつ貼られた3つの箱を用意し、加湿と除湿を行って湿度変化が測定された。その結果、全面ビニールシート貼りは、加湿時の湿度は92%、乾燥剤を入れて除湿を行った時は20%と湿度の差が激しくなった。それに対し、全面板貼りは加湿時59%、除湿時55%、ビニールと板が半分の箱は加湿時62%、除湿時52%だった。関口さんが注目したのは、全面板貼りでもビニールと板が半分ずつでも湿度は大きく変わらず、部分的に木を使っても調湿機能は発揮されるということだった。

(NHK「ウルトラアイ」『木の肌ざわり 住みごこち』 1984年10月放送の実験結果から作成)

 校舎は耐震化のため、建て替えなども議論されていたが、従来の校舎を生かしながら耐震基準を満たす補強工事に加え、校舎内の床と壁を地元の木材を使って板貼りにする改修工事を実施。ほぼ夏休み期間中に完了できる約40日という工期で、費用も新築よりも3分の1程度に抑えることができた。校舎は木質化により、調湿効果はもちろん、断熱効果、吸音効果のほか、結露もなくなった。しばらくすると、「子どもたちが風邪で欠席することが少なくなった」という声も耳にするようになった。

 学校現場から大きな反響があり、その後、1年で1校ずつ改修工事を実施。現在はときがわ町内の全5小中学校で木質化が実現している。都幾川中学校の内田哲雄校長は「木のある校舎は綺麗で明るく、心の安定をもたらせてくれています。教師も生徒も穏やかに過ごせている。多感な時期の中学生にとっては、こうした校舎の効果はとても大きい」と話す。文科省も木材を利用した学校づくりを推進。いつしか耐震工事と合わせて内装を木質化することを「ときがわ方式」と呼ばれるようになり、全国から注目が集まっている。

 「子どもたちのための政策をやっても、票につながらないからやらないという政治家がいるが、私は逆だと思う。子どもたちが喜ぶと、家族全員が喜ぶ。何よりも将来のある若い人たちのために政策を実行するのはとても重要なことで、首長になったら真っ先にやりたいと思っていた」。限られた財源の中で力を入れたい政策を実行する。そのためにいかに知恵を絞るか。そして、住民に満足してもらえるサービスを提供できるか。ローコストマネジメントには、経験とアイデアが織りなす新たな価値の創造が詰め込まれている。(辻和洋) 


シリーズ「小さな町の改革〜地方創生のカギ〜」は、旧玉川村長、ときがわ町長を計5期19年務めた関口定男さんの人生を辿り、「地方創生のカギ」、「政治家としての手腕」とは何かを追いかけ、これからの行財政のあり方、政治家の育成について考えます。月1回記事を更新する予定です。

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