「小さな町の改革〜地方創生のカギ〜」6

組織文化のイノベーション

 「イノベーション」「オリジナリティ」「ローコストマネジメント」————。関口定男さん(70)が村議の頃、雑誌を読んでいると、日本のマーケティング論の第一人者で、慶應義塾大学名誉教授・村田昭治さんの記事に目が止まった。そこで「企業経営の真髄」として挙げられていたのが、この3つのキーワードだった。「これだ。これは村長になっても生きる」。そう思い、すぐさまメモをした。

 1999年に玉川村長に就任し、すぐに行ったのは、職員の意識改革だった。職場の状況を見渡し、まずは「できない理由は探さない」「挨拶は先にする」「お礼、お詫びは早くする」という3つを掲げた。

 ある日、職員に体育館に置いてある卓球台を移動するようにお願いをした。すると、約1週間後、職員はできない理由を10個用意して、説明。関口さんは驚き、「あと1週間あげるから、どうやったらできるかを考えてきて」と諭した。「役人は、できない理由を語る名人ですよ」と苦笑いをする。 

 住民への態度も大きく改善を促した。関口さんが一住民だった頃は、役場に行っても、職員は見向きもせず、不親切な対応をしてくることがあった。電話応対も、出る人によってはつまらなさそうに出たり、たらい回しにしたりしていることもあった。そんな職場風土を見かねて、あいさつは率先して行い、電話では名前を名乗るよう、呼びかけた。

 住民の要望も積極的に受け入れた。地域住民の声を代表する自治会長の意見要望を優先する。いつまでにできるかを明示し、できないなら最後の手段として相手が納得するような理由を説明することを徹底した。「カーブミラーをつけてほしい、U字溝のふたがとれたなど、住民の要望のほとんどは、莫大な費用がかかるわけではないんですよ。大きな橋よりも目の前の修繕。意識次第で実現できるし、即座に対応もできる。身近なありがたいことを実現していくことは、住民との信頼関係を育む上でとても重要なんです」

 こうした細やかな教育を進めていくと、数年かかって徐々に職場に意識が浸透していった。住民が役場に入って迷っていると、すぐに職員が駆けつけ「何かお困りですか」と声をかけ、何かをしてもらったり、ミスをしたりした時のお礼やお詫びもできるだけ早く行うようになった。道路の修繕や街路灯の交換は即日対応するようになり、要望を言って来た人は修繕工事が行われたことに気づかず、「街路灯が故障していたのは、見間違えかもしれません」と連絡してくるほどだった。

 役場には、住民から感謝の声が頻繁に届けられるようになった。職員は住民から「ありがとう」という言葉を何度もかけられ、一層住民サービスの向上に努めるようになっていった。職場に好循環が生まれ始めた。現在のときがわ町にも、この意識は受け継がれている。

 関口さんは単に意識改革を指示しただけではなかった。改革の裏側では職員や住民との積極的なコミュニケーションがあった。毎朝、各課を回り、職員らと話す。職員全員の名前を覚え、常に「君」ではなく、名前で呼んだ。「指摘は個別に呼んで、褒める時はみんなの前で。これが基本です」。些細な対話と配慮が、意識の浸透を促進させた。

 また、住民全員を対象に、子どもの誕生に祝電、亡くなった時は弔電を打った。それまでは議員が亡くなった時だけ弔電を打つというのが慣習だったが、「なぜ議員だけなのか。村民一人ひとりが村にとっては大切。小さな村だから電報を打つことくらいはできるんじゃないか」。そう思い、実現させた。喜んでくれる住民が大勢いた。

(ときがわ町役場では、現在も机や壁などあらゆるところに「挨拶は先にする」などと書かれた紙が掲げられ、職員に意識の浸透が促されている)

オリジナリティを出した住民サービスの向上

 政策面でまず力を入れたのは、子どもの福祉施策だった。最初に考えたのは子どもの医療費の無料化。「若い夫婦が共働きで、子どもが病気になると、母親はパートを休んで看病することになる。医療費はかかるし、パート代も稼げない。家計はダブルパンチ。若い人たちは収入もそれほど高くないから大変。これを何とかしたかった」。それまでは2歳児まで無料だったのを、小学生は全員無料にしようと考えた。すると、周辺の自治体から「抜け駆けでやられると困る」といったような反対意見があった。関口さんは「自分の村は、他の自治体のように数十億かけて介護施設作ることはできない。だから、限りある財政の中で子育てだけでも応援したいんです」と主張。結局、未就学児までは無料という施策を実現させた。その後、さらに拡充させ、現在は中学生まで無料となっている。今では子どもの医療費無料化拡充は、ときがわ町含め、多くの自治体が実現させているが、当時、関口さんの取り組みは先進的だった。

 また、中学3年生を対象にインフルエンザの予防接種を無料化することも検討。受験シーズンにインフルエンザにかかり、思うように受験できなかったという子どもたちの声を聞き、人生の岐路に実力を存分に発揮してほしいとの願いがあった。職員からは、医療事故が起きたら、責任がとれないという理由で、「できません」と回答があった。しかし、関口さんは再度、「どうやったらできるか考えて」と促すと、職員は「保護者から承諾書を得られればできると思います」というアイデアを出した。政策は実現し、今では中学1〜3年生が無料でインフルエンザの予防接種が受けられるようになっている。

 「安心・安全の街づくり。政治家はみんなそう言うじゃないですか。でも、本当にその言葉通りのことができているか。常に問い続けることが必要です。何も新しいことではないです。私が民間会社でやってきたお客様へのサービスが根幹にあります」。細やかな住民サービスの向上を積み重ねる。住民との信頼は実行したことから生まれてくる。

 限られた財源から、実行に踏み切った新しい政策は少なくない。しかし、予算が膨れ上がるということはなかった。その秘訣は、新しい政策と同時に、ローコストマネジメントの考えに基づく取り組みが進められていたからだった−−−−。(辻和洋)


シリーズ「小さな町の改革〜地方創生のカギ〜」は、旧玉川村長、ときがわ町長を計5期19年務めた関口定男さんの人生を辿り、「地方創生のカギ」、「政治家としての手腕」とは何かを追いかけ、これからの行財政のあり方、政治家の育成について考えます。月1回記事を更新する予定です。

 

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